● 写楽は讃州津田の豪商!?

東洲斎写楽。この謎の浮世絵師の故郷は、讃洲(香川県)津田であった!
「我が祖写楽」(さぁかす出版)の著者、安藝育子さんの新説である。
安藝育子さんの先祖探求から新しい写楽像が生まれてきたのである。
本が出版されると、日本経済新聞をはじめ各全国紙で紹介され様々な反響を熾した。
安藝さんの先祖は、讃洲津田浦に住み、材木などを扱う廻船問屋として栄華を誇る豪商であった。その屋号は、材木商の故か、はたまた二町四方といわれた屋敷周りを囲む板塀によるものか、「板屋」と呼ばれた。
その財力は33もの金蔵を有していたといわれるほどのものであった。
安藝さんが、写楽だとするのはこの板屋の八代目、安藝幸四郎栄柱である


● 蔦屋重三郎の遺言

寛政9年、蔦屋重三郎は死の直前、「写楽を出したのは板屋じゃあねぇ蔦屋だぜ。板屋ってぇのはね、幸四郎って言う名で高麗屋、松本幸四郎と同名なのさ。しかし写楽画は狂名になっているから、ご身分を明かしちゃあいけねぇ」と、当時蔦屋で仕事をしていた摺り師「版隅」(はんくま)こと下朱陰小太郎に明かして死んだという。

● いま全ての謎が明らかになる!





著者略歴
安藝育子
(あき いくこ)
1929年 兵庫県に生れる
昭和女子大国文科卒
著書「板屋つれづれ」



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