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山と海、その間に人が住む

6月3日の目曜日、アースデイ「豊島へ行こう」 の企画に参加した。私にとっては、もう20回近い訪問になる。豊島ネット(豊島は私たちの問題ネットワーク)の一員として、いつも当日は担当があるのだが、今年は前日に小豆島に宿泊していたこともあり、お役御免にしてもらった。空は晴れ渡り、友人のバイクの後ろに乗せてもらい、久しぶりにのんびりした一日だった。
産廃撤去の道筋が見えたこともあり、去年までとは違い、島の人の表情も心なしかゆるんで見えた。20数年の厳しい闘いを思うと、今更ながら、その心中はいかばかりかと推察して、万感に迫る思いがする。
しかし振り返ってみると、この問題が提起した「大量生産・大量消費・大量廃棄の社会構造はこのままでいいのか」、「なぜ過疎地へ産廃を押し付け泣き寝入りを強いるのか」、「住民が何十年も戦わないと、行政は解決に腰をあげないのか」ということについては、何ひとつ解決していないのに気がつき、寒気がする思いがする。個別案件の解決(示談)が、行政のシステムに反映された気配は全くない。
行政の役割は豊島のような問題を「二度とおこさない」仕組みへの取り組みと、「万一それが起きた場合はどう解決するか」というシステムを明示することのはずだ。県が当事者(加害者に加担)になったため、見えにくくなったが、言ってみれば交通システムの欠陥で事故が起こつた場合を考えて見れば分かりやすい。当事者としての示談は当然のこととして、再発防止(ガードレールや信号の設置や穴の修理など)の措置を取らなければ、その責任を全うしたとはいい難い。

真鍋知事の「豊島はお金が欲しいんでしょ」の発言に対して怒りが集まり、「謝罪」を求める世論の力で、県をようやく土俵に乗せることができ撤去の悲願が達成されたわけだが、それは先はどの例に見るごとく、テーブルにつくことも拒否していた県(加害加担行為者)に、優秀な代理人(中坊弁護士を始めとする献身的な弁護団)の力を得て示談(あまりにも当たり前な原状回復ということだけだが)にこぎつけることができたということだ。

いまもなお、県内各地(過疎の山間部や島峡部)に同様な問題が進行している。あなたのスグそばに同様なことが起こつた時、あなたはどんな行動がとれるのだろうか。そして安心して相談できる行政窓口はどこだろうか。

豊島に行った日と前後して二つの発表が県から行なわれた。
豊島の産廃問題を放置した当時の責任者に「環境功労」の褒章丁申請が県からなされたということ、豊島の怨嗟の声を一身に集めたその当人に対してだ。(「長年環境行政に携わった」というのが県の説明だが、それならまさに年功序列で国の褒章の意味もないことになる。)
もうひとつは、真鍋知事による「県外産廃物の受け入れ検討」会見だ。大量廃棄社会に対する問題意識も、美しい瀬戸内潜をどうするのかという悩みもそこにはかいまみることができない。

もうひとつ不思議なことがある。直島への豊島産廃受け入れの是非は別にして、それに対する反対の声が直島島民から全く聞こえないことだ。物事には必ず賛成・反対があり、それがあって議論検討が始まると思っていたのだが。ユダヤのことわざに「全員が一致するときは実施してはならない」ということがあると聞く。考えてみて欲しい。あなたの町内に同じ問題が起こつた時、誰もが不安を抱くことがないのだろうか。自然に恵まれた香川の地、瀬戸内海。私たち(人間)が住んでいる南に山、北に海があるというのではなく、「豊かな山と海の間に人が住む」と考えた時、私たちは自然に対して謙虚になれるのではなかろうか。香川の財産は豊かな山と海、それを未来へと受け渡していく責務は大きい。

「さぁかす8号・巻頭の言葉」より 多田羅譲治

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